100年前から火の道具を作り続けてきたメーカーのアウトドアギア

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conifer coneのある風景を小説にしました。
「chapter1:family」

父と山に登るのは何年振りだろう。
山といってもなだらかなハイキングコースなのだが、私は30分も経たないうちに肩で息をし始めた。
歩調を合わせてくれている父が言う。
「言わんこっちゃない。いくら安定期に入ったからって、妊婦が山登りなんて」
「マタニティ登山って知らない?流行ってるんだから」
「でも転んだりしたらどうする」
「気をつけるから大丈夫。体重増え過ぎだから運動した方が良いって、お医者さんに言われてるし」
そう言ったそばから躓きそうになり、父に支えられる。
「ごめん……」
私は膨らんだお腹に手を添えると、ため息をついた。
こんな私が、しっかり者だった母のようになれるのだろうか?

母を亡くして15年。私は父に育てられた。頑固な父だが、感謝してる。
でも私の妊娠が分かって結婚の話をしてからというもの、関係がギクシャクしてしまっている。
そんな父の唯一の趣味はアウトドアだ。
偶然にも婚約者もアウトドアが好きで、彼からコニファーコーンの話を聞いた私は、そこのコンパクトストーブに興味を持った。そしてそれを仲直りのきっかけに出来ればと思って父にプレゼントし、子供だったころ親子三人でキャンプに行った山に誘ってみたのだ。

キャンプ場に着くと、父はバックパックから折り畳んだ状態のストーブを取り出し、訝しい表情で手に取った。
それを傍らに見ながら、私はバーベキューの食材の準備をする。
「かわいいでしょ」
そう言った私に呆れた様子で振り向く父。
「このパイロなんとかだけど……」
「パイロマスター。炎を極めた者、って意味だって」
「炎を極めたか。大きく出たもんだ」
父は苛だち、鏡面仕上げのそれをガチャガチャといじくり出す。
「ちょっと壊さないでよ」
が、父はあっと言う間にストーブ形態に組み上げた。
「二層構造で折り畳めるとは珍しいな」
「二次燃焼方式?分かんないけど、本格的な調理が楽しめるみたいだよ」
「二次燃焼か。へぇ」
ちょっと気をとり直したかに見えた父は、三角柱になったパイロマスターを平らな石の上に置くと、一緒に買っておいた専用ペレットをまぶして火を着け始めた。
だが、思いのほか着火しづらい。
「なかなか着かないね。自然に優しい燃料らしいんだけど……」
「まあ、こういうのもお楽しみのうちさ」
なぜかニヤけた顏で言う父。
やがて火が着き、しばらくすると二次燃焼が起きて炎の量が増えた。
父は子供のような無邪気な表情を浮かべると、三角柱の上にニョキッと生えた金属の棒(後からゴトクというのだと教えられる)にスキレットを置いて、肉と玉ねぎを並べた。
美味しそうな香りが私と父を包み込んだ。

食べ終えた私は、心地良い山の空気に身を委ねながら、珈琲を淹れる父の姿をぼんやりと見ている。
「安心しな。カフェインレスだから」
「そうなんだ。ありがとう」
父の意外な気配りに感謝しながら、渡されたマグカップに口をつける。
自然の中で味わう珈琲は格別だ。
父も一口すすり、いい感じに黒く煤けたパイロマスターを見ながら言う。
「これ気に入ったよ。一人か二人用ってところか……俺にぴったりだな」
「……ごめんね、これから一人ぼっちにしちゃって」
「ん?」
「私が結婚して出ていっても、お父さんには山登り続けて欲しい」
「何年も一緒に登ってなかっただろ。お前に言われなくても続けるよ」
「そうだね」
「それに、俺は一人じゃないよ」
「え?」
「……パイロマスターだっけ。家族が増えることだし、もう一つ買うか」
思わずお腹に手を添える私。
「お前らにいろいろ教えてやるよ。山の厳しさとか、素晴らしさとか」
父は立ち上がり、照れ隠しに歩き出した。

その時私は、父の背中に寄り添う母を感じた。
母が優しく微笑み、励ましてくれたような気がした。